甲状腺がん

甲状腺がんイメージ

『甲状腺に悪いできものがある。あるいは甲状腺がん。』と医師から告知されると誰しもショックを受けると思います。しかしまず知っていただきたいのは、甲状腺に発生する大半のがんは、他の臓器のがんに比べて性質がおとなしく進行がゆるやかなため、すぐに命を脅かすものではありません。あわてて手術する必要はありませんので、ゆっくり考えて納得できる施設で手術を受けて下さい。

甲状腺がんの種類について

甲状腺がんは、以下の3つに大別されます。
これらは生物学的特性(進行のしかたや治療に対する反応など)が違います。性質のおとなしい分化がんが全体の約95%です。

乳頭がんについて

甲状腺分化がんの約90%を占め、超音波や細胞診検査で診断は比較的容易です。乳頭がんはリンパ節(甲状腺の周囲、気管の前や頚部の外側)や甲状腺内に転移しやすいのですが、がん細胞の増殖はゆっくりで予後はきわめて良好です。
きちんと腫瘍を切除できた患者さまの手術後に10年生存する確率は95%前後ですから、肺がんや胃がんなどに比べるとはるかに良いものです。

治療

乳頭がん治療の基本は手術です。甲状腺やリンパ節を切除(取り除く)する必要がありますが、残念ながらどの程度切除するかに関しての統一された見解はありません。なぜ統一された見解がないかというと、乳頭がんは予後がよくて治療による差がでにくいからです。甲状腺乳頭がんでの治療による差を出すにはたくさんの患者さまの長期の経過観察が必要になってきます。そういう事情で納得できる臨床成績は海外を含めてありませんし、今後も前向きの成績がでる見込みはありません。理論的根拠と経験的なものに合併症の頻度などを総合的に考えて手術方法を決めているというのが実情です。

甲状腺切除の範囲について

片葉切除術
甲状腺の半分を切除、右葉切除あるいは左葉切除
全摘出術
全部切除する
(亜全摘出術)
甲状腺の4分の1程度を残す。(現在ほぼ行っていません)

切除範囲は病変の存在部位と周囲のリンパ節転移の程度により変わります。
病変が片側に限局している場合は片葉切除術が基本となりますが、両側(甲状腺の右葉と左葉)に病変を有する場合や手術時すでに遠隔転移(肺や骨転移など)を認める場合や手術後に遠隔転移がきたしやすいと判断される場合には、術後の放射性ヨードによる内照射療法のために全摘出術の適応となります。

近年、検査機器の発達などにより最近では小さながん(微小乳頭がん)が診断されることも多くなりましたが、微小乳頭がんに対しては手術を行わず経過観察を行える場合があります。また、手術をする場合も片葉切除に気管周囲リンパ節の切除までを基本としています。

リンパ節切除について

リンパ節切除に関しては腫大したリンパ節のみを切除するのは非常に再発率が高いので、特殊な場合を除いてしません。術前・術中の所見により甲状腺・気管周囲のみから両側の切除までを視野に入れて手術を行っています。

また、対側の側頚部リンパ節再発の確率が非常に低いこと、両側の側頚部を徹底的に切除すると術後に顔面の浮腫をきたことがあり、患者さまにとっては非常に苦痛になることがあるので、当院では対側に明らかに転移があるとき以外は両側のリンパ節切除は行っていません。定期的に診察し、リンパ節再発を診断した時点で切除しても通常は手遅れになることはありません。

濾胞がん

分化がんのうち濾胞がんは10%程度です。肉眼的にも組織学的(顕微鏡での観察)にも濾胞腺腫(良性の腫瘍)と区別することが困難です。当然、遠隔転移(肺や骨などの頚部以外への転移)が証明された特殊な場合を除いて手術前に濾胞がんと診断することはできません。濾胞がんは細胞異型や構造異型などからでは診断できず、被膜浸襲(腫瘍の外側に皮膜があり、そこにがん細胞が食い込んでいる状態)あるいは血管浸襲(血管の中にがん細胞が食い込んでいる状態)を認める場合に診断されます。

濾胞性腫瘍(良性の濾胞腺腫と悪性の濾胞がんの総称)では、腫瘍径の大きい症例や血清サイログロブリン値の高い患者さまでがんの割合が高くなりますが、例外も多いので最終的には取り除いてみないと良性か悪性かわからないということになります。濾胞がんの生物学的特徴としては、肺や骨などへ遠隔転移をおこしやすいがリンパ節への転移は非常に少ないことです。これは乳頭がんの性質とは大きく異なります。乳頭がんに比較すると予後はやや不良ですが、10年生存率は90%以上です。

治療について

手術中に迅速病理検査(顕微鏡検査)を施行しても濾胞がんの診断は困難なことやリンパ節再発が死因になることが少ないので、肉眼的に明らかなリンパ節転移のない患者さまに対して予防的にリンパ節を切除する必要は少ないと考えています。

病理診断で濾胞がんと診断された時には、肺や骨に転移がないことを確認し、慎重に経過観察する必要があります。手術後の病理検査で濾胞がんを診断された場合、大半の濾胞がんは微小浸潤型であり甲状腺内への転移は少なく片葉切除で根治性が高いことより、2期的な全摘出術は慎重にすべきです。少なくとも被膜浸潤だけの場合はほとんど再発がありません。

髄様がん

甲状腺悪性腫瘍の1~2%で、細胞診や腫瘍マーカーで診断できますし、ご家族様の病歴より疑われることもあります。甲状腺髄様がんは家族性と非家族性とに大別されます。家族性の場合は遺伝子が原因となっていることがわかっており、他の臓器の病気が合併することもあります。

治療について

治療法は家族性と非家族性の場合とで異なってきます。

家族性の場合
手術前に副腎や副甲状腺の精査を十分行った上で、甲状腺全摘術と両側のリンパ節切除、病状によっては副甲状腺切除が必要となります。副腎褐色細胞腫があり高血圧などの症状があれば、副腎摘出術を先に行なうのが安全です。
非家族性の場合
乳頭がんに準じる術式で甲状腺とリンパ節切除を行ないます。予後は甲状腺分化がんよりやや悪い程度でおおむね良好です。

未分化がん

甲状腺悪性腫瘍の約1%が未分化がんと診断されます。未分化がんに対して、手術、抗がん剤治療、放射線治療が単独あるいは組み合わせて行なわれていますが、残念ながら効果に乏しいというのが実情です。

実際に未分化がんと診断がついた場合は、まず「未分化がんの診断が間違いないのか?」を確認する必要があります。甲状腺の病気に精通した病理医が診断に十分な組織があれば誤診することはないと思いますが、上記の条件が揃わなければ誤診が生じる可能性はあります。一部の悪性リンパ腫は未分化がんと誤診されやすく、悪性リンパ腫であれば抗がん剤治療や放射線治療で治ってしまうことがありますので、診断は非常に重要です。最近では外来での抗がん剤治療もすすんでいます。

予防について

また、「未分化がんにならないためにどうするか」というのも重要です。
甲状腺の腫瘍が早めに適切に治療されるようになったからです。腫瘍を放置することによりがん細胞が遺伝子変化をおこして、おとなしい性質から徐々にたちのわるい性質にかわる場合があるので、それを避けるためには早めに適切な施設で検査や治療を受けるのが望ましいのです。また、分化がんが再発を繰り返しているうちに未分化がんへと転化していくこともありますので、治療を行なう側が再発を繰り返さないように努力することも重要です。

悪性リンパ腫

甲状腺原発悪性リンパ腫は比較的稀で、甲状腺悪性腫瘍の約1~2%です。最近はでは慢性甲状腺炎の経過中に悪性リンパ腫が発見されることも多くなってきています。超音波検査と細胞検査で大体の診断がつきます。細胞診のみでは確定診断がつきにくいので、甲状腺生検術(甲状腺の組織の一部を採取する)を行います。また悪性リンパ腫は細かく分類されているため、病理診断と組織亜型を決めます。

治療について

一般に悪性リンパ腫は放射線治療や抗がん剤治療が効きやすく、生検材料の病理組織型、臨床的ステージ分類(進行度)、年齢等を考慮して放射線治療単独か、放射線治療に化学療法を併用した方法を用いるかを決めます。

手術で根治も可能ですが、一般的ではありません。病変が甲状腺内に限局し、組織型が低悪性(悪性の程度が低いもの)であれば、放射線治療だけで経過をみます。それ以外のより進行した場合、あるいは悪性度の高い組織型であれば、放射線療法に加えて化学療法が必要になります。非常は組織型や進行度によって違いますが、分化がんに比べるとやや悪いようです。

甲状腺がん以外の腫瘍、
はれや痛み

良性腫瘍
濾胞腺腫、腺腫様甲状腺腫

濾胞性病変の分類

濾胞性腫瘍は以下のような特徴があります。

  • 明瞭な被膜(腫瘍を囲む線維性の膜)に包まれ、周囲の甲状腺を押しひろげるように腫瘍細胞が増大し、多くは単発(ひとつ)の腫瘍です。
  • 均一な甲状腺濾胞構造(濾胞は甲状腺を構成する基本構造で、コロイドと呼ばれる粘調な液体成分を一層の細胞で包んだ球体構造です)
  • 腫瘍を構成する細胞がほぼ均一で乳頭がんの核所見を持たない

さらに悪性と診断する(すなわち濾胞がんと診断する)要素としては現在、下の3つが定義されています。

  1. ①腫瘍細胞の被膜浸潤(腫瘍細胞が腫瘍を取り囲む被膜を突き破り、正常甲状腺へと進出していこうとする所見)
  2. ②腫瘍細胞の脈管浸潤(腫瘍細胞が甲状腺被膜内の毛細血管内に存在する所見。遠隔転移のリスク因子とされます。)
  3. ③遠隔転移(肺や骨などへの転移)

手術について

濾胞性病変の手術適応としては2パターンがあります。

  1. ①術前に腺腫様甲状腺腫と判断して手術する場合
  2. ②術前に濾胞性腫瘍(濾胞腺腫か濾胞がん)と判断して手術する場合

勿論、術前の診断と異なる病理診断が出ることはしばしばあります。例としては術前に腺腫様甲状腺腫、病理では濾胞腺腫(いずれも良性だが)となる場合や、術前に濾胞性腫瘍として手術したが病理では腺腫様甲状腺腫だった、などがあります。

①術前に腺腫様甲状腺腫と判断して手術する場合

当院では病理結果は95%以上は良性(腺腫様甲状腺腫が多く、時に濾胞腺腫)と診断されますので、手術適応は何らかの臨床所見がある場合に限定されます。具体的には以下のような項目が挙げられます。

  • 他に明らかな、がんを合併している場合
  • 機能性結節(その腫瘤が甲状腺ホルモンを過剰に産生する)となり甲状腺機能亢進をきたしている場合
  • 気管や食道などの周囲組織への圧迫症状のある場合
  • 縦隔甲状腺腫をきたしている場合
  • 甲状腺腫瘤が目立ち美容的な問題がある場合
  • など

②術前に濾胞性腫瘍(濾胞腺腫か濾胞がん)と判断して手術する場合

当院では病理結果は25%程度が悪性(濾胞がんがほとんどですが、一部に濾胞型乳頭がんと呼ばれるものも含まれます)です。

超音波や細胞診で濾胞性腫瘍と判断した場合は原則的に手術をすべきと欧米ではされていますが、濾胞がんの大多数を占める微少浸潤型と分類される濾胞がんの予後は極めて良好であること、実際には手術症例の75%が病理で良性であることを考慮し、年齢、腫瘍径、超音波所見、細胞診所見などを総合的に判断し、悪性のリスクのより高いものを手術に回すようにしています。ちなみに2015年に術前の細胞診で濾胞性腫瘍と分類された腫瘤のうち50%程度が手術に回っています。

甲状腺良性腫瘍の治療

甲状腺濾胞性病変の手術では、甲状腺片葉切除(甲状腺の右半分もしくは左半分を切除する)か甲状腺全摘を行います。

甲状腺部分切除や核出術と呼ばれる腫瘍の部分のみを切除する手術や、リンパ節郭清(この場合は気管前や気管傍のリンパ節)は以下の理由により原則行っていません。

  • 仮に濾胞がんであった場合でもリンパ節転移の頻度は低い。(がん胞癌の場合、数%程度)
  • 病理診断で悪性度の高い濾胞がん(広汎浸潤型濾胞がん)と診断された場合、残存する甲状腺組織をすべて切除する必要があるが(補完全摘と呼ばれます。追加の放射線治療のために行います)、その場合初回手術した側(右or左)に甲状腺組織が残っていると2回目の手術が非常に困難なため。
  • 手術適応となる濾胞性病変は、腫瘍径がどんなに小さい場合でも2cm程度はあることが多いため、腫瘍のみを切除しようとしても片葉切除に近い形となる。
院長
古賀 健一郎
診療内容
甲状腺、乳腺外科
TEL
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住所
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